2015.05.01
暖かくなってきて、一気に色とりどりの花々が咲きはじめました。
この時期、いつも私はあでやかに咲くピンク色のこの花を見て悩むのです。
この花は芍薬?牡丹?
確か、坂東眞理子さんの著書『女性の品格』に「品格ある女性は花の名前を知っている」と書かれていました。
あら、私、品格ないわ。。
調べてみたところ、どちらもボタン科ボタン属。なるほど、姉妹みたいなもの、似ているはずですね。違いは、芍薬は草で、茎の先端に1つ花をつけ、牡丹は木で、枝分かれした先々に花をつける。なので、写真の花は牡丹ですね。
すごく似ている花なのに、どちらとも美しい女性のたとえに用いられますね。
立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花
確かにスッと伸びた茎の先に一輪だけ華やかに咲く芍薬は立ってる感じがしますが、凛とした姿の中に、どこか守ってあげたくなる儚さもあります。
対して、たくさんの花をつける牡丹は安定感があり、座っているよう。そして、安定感があると言ってもドッシリという感じではなく、風に揺れる大きな花には、やはり守ってあげたくなる儚さもあり。
この「華やかだけれど、どこか守ってあげたくなる儚さ」が美しい女性のたとえにピッタリなのかな?と思います。
牡丹と聞くと思い浮かぶのは「緋牡丹博徒」。1960〜70年代に大ヒットした任侠映画。
背中に牡丹の刺青をした義理と人情に生きる緋牡丹のお竜(富司純子)が、賭場で正座をして花札を操る姿は、まさしく牡丹だわ〜。時折フっと見せる哀愁に、ヤクザな世界に身を投じなければならなかったお竜さんの悲しい過去を感じて守ってあげたくもなり…
あ、ワタクシ、リアルタイムでこの映画を見てはいませんよ、念のため。
歩く姿は百合の花にたとえられています。立ち姿、座り姿ともに静ですが、歩く事は動。女性がこうと決めて動く時というのは、肝が据わっているのです。誰が何を言おうが、考え抜いて起こした行動にはブレがない。そんな気高さを百合にたとえたのでしょうか?
日本人が思う女性の美しさとは、見た目の造作ではなく、佇まいや風情といったものなのかな、と思います。であれば全身を覆い隠す着物は、女性をより美しくミステリアスに見せる衣服なのではないでしょうか。